2012年9月30日日曜日

●● 専門性を磨き抜く。

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┃◆2012.9.30┃ vol.115 専門性を磨き抜く。
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みなさん

こんばんは。

台風が猛威を振るっています。。

いま、自宅の駅近くのスターバックスで
メルマガを書いているのですが、傘が壊れて、
ずぶ濡れになった人が続々と入店してきます。

ちゃんと帰れるか心配になってきました・・・。

それはさておき、今回のテーマは、

私が様々な人と仕事をして痛感した、
「専門性を磨く」ことの大事さについて、
書きたいと思います。

転職や独立を考えている方の、参考になれば嬉しいです。


最近、つくづく、
「自分は、なんて子供なんだろう。。」
と感じています。

なぜならば、
いままでのキャリア(仕事人生)を振り返った時に、

将来に向けて戦略的に組み立てることなく、
目の前の仕事に感情的に振り回されながら、
常に「疑いの目」を持って過ごしてきたからです。

最初の会社で関わった、
「求人広告事業」→「人材系」の業界でも、

次の会社で関わった、
「教育事業」→「会計事務所」の業界でも、

下記のようなことばかり、考えていました。

・この仕事が、自分は本当に好きなのか?
・この業界に、自分は向いているのか?
・この業界に、自分は10年後に所属しているのか?

そして行きつく結論は、、

「この業界に関して徹底的に極めても、
  自分にとって、あんまり意味がないんじゃないか?」

・・・このようなバカな考え方に、
いまでは毎日、猛省していますm(_ _)m。

もし、「現在の私」が「昔の自分」に
話しかけれられるとしたら、

「どんな業界でも、どんな仕事でも、
  とにかく専門性を磨いておけ!!絶対役に立つから!」

と言うでしょう。

なぜならば・・・、

様々な業界の人と、
色々な立場で仕事に関わると、

「人の役に立ち」ながら、
「収益を得る」ためには、

【自分の専門性を磨き抜く】ことを通して、
成果が出せるレベルに到達するしかないことを、
痛いほど感じるからです。

ちまみに、私が考える「専門性」とは、

・業界の市場動向、トレンド
・お客様が抱えている悩み
・売れている商品特性・エリア性・価格
・市場・商品の問題点
・自分が持っているスキル
・業界内の人脈

などを、業界外の人に対して客観的な視点から
話ができたり、提供できるスキルとして身に
つけていることを指します。

それが出来たうえで、

自分の<時間・スキル・知識・人脈>によって、
「価値」を作りだせた時に、初めて仕事ができます。

その習熟がされていない状態で、

「人の役に立ちたい」
「収益を得たい」

という話は、都合がよすぎる、
自分勝手な話・・・でしたm(_ _)m。

(最近、つくづく実感しています(*_*)。。)

私のような周りが見えていない人間が、
犯してしまう過ちでしょう(汗)。

それくらい、自分の行っている仕事に対して、
「専門分野」を抽出し、意図的に時間・エネルギー
を使うことは大事です。

その背景としては、以前紹介した
「ワークシフト」という本にも記載がありました。

◎ 2025年に直面する“深い孤独”
http://anweekly.blogspot.jp/2012/08/2025.html

日本の市場のように、顧客や商品が多様化して、
ニーズが細分化されていくと、何かの分野に特化して
いないと、人には伝わりません。

「何でもできる人」は「何も出来ない人」と
みなされてしまい、

【ゼネラリスト】は、本当に飛び抜けていないと、
【スペシャリスト】より価値が低くなってしまう。

それくらい、この「専門性」というキーワードは、
これからどんどん重要度を増していくでしょう。

単純作業の仕事が人件費の安い国に流出し続け、
「時間さえあれば誰にでもできる仕事」は、どんどん
単価が低くなっていくことを考えると・・・、

それに対抗するスキルは「専門性」しかありません。

いま、目の前の仕事に価値を感じられないとしても、
人が社会・他人の役に立とうと思った時、必ず自分が
精通している業界の「専門性」が価値を持つ。

そんな確信が、最近ようやく得られました。

少し遅かったですが、これから自分の専門性を
高めることに、集中しようと思います。

明日からまた、仕事がんばりましょう(^^)/。


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今日は早起きをして、
念願だった「世界一の朝食」を食べてきました。

◎ bills
https://bills-jp.net/

いままではお台場に行っていたのですが、
今年の4月に原宿の東急プラザ内に出店したため、
少し身近な存在になりました。

開店30分前から並んで、お腹を空かせて食べた
「パンケーキ」と「スクランブルエッグ」は、
やはり絶品です。

▼リコッタパンケーキ

▼スクランブルエッグ


都内にお住まいの方は、ぜひ一度食べて下さい。

それでは、今週は以上です。
いつも長文にお付き合い頂いて、ありがとうございます。

また次回も、どうぞよろしくお願いします。

2012年9月25日火曜日

●● 「名前」は「背景」を添えて。

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┃◆2012.9.25┃ vol.114 「名前」は「背景」を添えて。
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

みなさん

こんばんは。

今回から週1回の配信になって、
少し気持ちが楽になりました(笑)。

今後は1つのメインテーマと、
編集後記として、最後に少し近況報告を入れる
構成で発信していきたいと思います。

ぜひお楽しみください!

今回は、ある飲み会でつっこまれた「名前」に
関するトピックスをお伝えします。

もしこれを機会に、自分の周りにある「名前」を
もっと深く知ろう!という方が増えると嬉しいです。

ぜひ下記をご覧ください(^^)/。


先日、ある飲み会で60歳くらいの男性に、
こんな質問をされました。

「君の名前は、どんな漢字を書くの?」

「はい、『赳夫』という字を書きます。」

「へぇ~、変わった字だね。なんでこの字なの?」

(少し自慢げに・笑)

「実は私の父が、昔、総理大臣だった『福田赳夫』さんの
  ことを、とても尊敬していたんです。

  将来、そういう立派な人物になって欲しいという思いを
  込めて、この名前を頂きました。」

「へぇ~、ずいぶん立派な名前だね~。
  私も『福田赳夫』さんのことは覚えてるよ。」

・・・ここまでは、よかったんです。

そしていままで、私の「名前」に関する話は、
だいたいここで終わっていました。

しかし、その方の口から次に出た言葉は、
当たり前といえば当たり前の、下記の質問でした。

「それで、君のお父さんは『福田赳夫』さんの
  どんなところを尊敬していたの?」

「・・・え?」

恥ずかしい話ですが、、、

私は上記の質問に、
しっかりと答えることができませんでした。

正直、自分がとっても恥ずかしかったです。

もうすぐ30歳になる男が、自分の名前についての
質問に返すことができないとは。。。

「これは、まずい。」と思ってすぐに、名前を
付けてくれた父親に同じ質問をぶつけてみました。

その結果、私の『赳夫』という名前には、

人から羨ましがられたり、
注目を受けたり、
時代の流行りを追いかけるのではなく、

地味だとしても、
例え一時的に批判をされるとしても、

人として正しいこと、
目の前のことよりも将来を見据えて、
自分の信念を持って生きてほしい。

という意味が、込められていました。
(『福田赳夫』さんは、そのような人物でした。)

▼福田赳夫・元首相。田中角栄のライバルでした。

これを聴いて、だいぶ立派な人の名前だなぁと、
背筋が伸びる思いがしましたが(汗)。。

しかし、自分の名前の「意味」を知った時に、
同時に思ったのです。

人、

会社、

お店、

商品、

・・・などなど。

全ての名前には、
付けた人の「思い入れ」や「意図」があります。

しかし、その後ろ側まで理解している人は、
どれくらいいるのでしょうか?

少なくとも私はいままで、人や会社が持っている
「名前」を、大切にしてこなかったのかもしれない・・・。

そんな反省をすることになりましたm(_ _)m。

そして実際に調べてみると、
一見平凡に聴こえても、面白い「意図」を
持ってつけられた名前は沢山あります。

例えば、多くの人が知っている下記サイトの
名前の由来はご存知ですか?

◎ amazon
http://www.amazon.co.jp/

このサイト、なぜ「amazon」というのでしょうか?

その由来を調べてみると、

インターネット草創期の1994年。
ジェフ・ベゾス(Amazon創設者)は、あるヴィジョンを
掲げます。

それは、

「インターネットの世界で、最もユーザーが集まって、
  最も多くの商品が流通するサイトを作りだす。」

そして、このヴィジョンを実現するために作った
サイトの名前が、「amazon」です。

その由来は、もちろん、アマゾン川です。

世界で最大規模の「流域面積」を持つアマゾン川に、
ネットの世界で「最大量の流通」を実現するヴィジョンを
重ねて、この名前を付けたのです。

そして、最初に始めたのが「インターネット書店」であり、
いまでは家電や健康食品、スポーツ用品からバイク用品まで
多くの商品を扱っています。

ご存じだったでしょうか?

最初から「Amazon」の名前の由来を知っていれば、
amazonが書店以外に進出した時にも、何をしたいのか
瞬時に理解ができるでしょう。

名前に関する諺に、
「名は体を表す」という言葉があります。

この言葉の意味は、
「名前はその物や人の性質や実体をよく表す。」
ということです。

しかしこの言葉をもう少し親切に訳すと、

「名前は、付けられた背景(思い入れ・意図)まで含めて
  理解した時に、その性質や実態がよく理解できる。」

ということだと思います。

今回の出来事で、少なくとも私は「名前」に
対する認識が浅かったことがわかりました。

私は自分の名前がとても気に入っていて、
この名前を付けてくれた親に、本当に感謝をしています。

にも関わらず、

その名前を本当の意味で理解できていなかった
訳ですから、他の人の名前にも、しっかりと
関心が向いているはずがありません。

自分の名前を大切にすると同時に、
人の名前を大切にできる人になりたい。

そして、その「背景」(思い入れ・意図)まで含めて
知った時、初めて「理解した」と思えるようになりたいと、
今回の1件から思いました。

やっぱり、様々な年代の方と話すと、
ためになりますね~(>_<)。


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最後にちょっと、最近のマイブームをご紹介。

密かに人気急上昇中のマンガ:「となりの関くん」が
面白すぎます。。

◎ となりの関くん
http://www.amazon.co.jp/dp/4840137919

このマンガ、簡単に言うと、「関くん」という
主人公が、ひたすら授業をさばって机の上で遊ぶ
という話です。

ただ、その「関くん」」の遊びにかける情熱が、
尋常ではありません。

将棋、
ドミノ倒し、
チェスの対抗戦、
猫ををあやす、
化石を発掘する、

・・・それを授業中に、机の上でやっちゃうの??

と驚くような遊びを次々に展開していきます。

「無意味なことを一生懸命やるナンセンスさ」は、
一種の男のロマン。

これからの「関くん」に、
個人的に注目したいと思います。


それでは、今週は以上です。
いつも長文にお付き合い頂いて、ありがとうございます。

また次回も、どうぞよろしくお願いします。

2012年9月18日火曜日

●● 世界のHONDAを創った「最強のふたり」

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┃◆2012.9.18┃ vol.113 世界のHONDAを創った「最強のふたり」
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

みなさん

こんばんは。

最初に、少しだけお知らせです。

今年の5月から試験的に週2回配信している
このメルマガですが、配信回数を変更します。

今週からは以前のように、基本的に日曜の夜、
週1回の配信にさせて頂きます。

私の仕事量や、内容のクオリティなどを考えて、
現段階では週1回がベストと考えました。

週1回になって、いままで以上にみなさんの役に立つように
努力しますので、今後も読んで頂けると嬉しいです(^^)/。

さて、前回は、
「最強のふたり」という映画をご紹介しました。

◎ 最強のふたり
http://saikyo-2.gaga.ne.jp/

この映画はとても明るく、感動的で、友人の大切さを
教えてくれる映画なので、ぜひ多くの人に見て頂きたい
と思っています。

そして、今回は映画ではなく、戦後の日本に
リアルに存在した「最強のふたり」をご紹介します。

その「最強のふたり」とは・・・、

誰もが知っている「世界のHONDA」を作った、
【本田 宗一郎氏】と【藤沢 武夫氏】です。

このふたり、みなさんご存知でしょうか?

本田 宗一郎氏は、HONDAの創業者として
本を多数出版し、性格的に人気があって、逸話を
沢山残しているため、ご存じの方が多いでしょう。

その本田 宗一郎氏を“影”で支え続け、
彼の才能が存分に発揮される舞台を作ったのが・・・、

【藤沢 武夫氏】という人物です。

藤沢 武夫氏は知る人ぞ知る、HONDAが
創業~規模拡大の間、販売から財務まで、
実質の経営の舵取りを、全て行った人です。

多くの人が本田 宗一郎氏の功績を讃える
声は聴きますが・・・、

【本田 宗一郎氏】と【藤沢 武夫氏】、

この「ふたり」がいたから、
「HONDA」という企業は世界に広まったのです。

その軌跡が、とても客観的に、企業の裏側も
含めて記録してあるのが、下記の本です。

◎ 経営に終わりはない 藤沢 武夫(著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4167130025


私も30歳を前にして(汗)、、

人間関係、および友人の大切さを心に染みるほど
感じるようになりましたが、(遅い。。。汗)

この本の中で語られる、本田 宗一郎氏と
藤沢 武夫氏の信頼関係は、

ある意味、理想的です。

お互いが、自分の役割を完璧に理解し合い、
任せ合い、責任を果たす。

世間に出るキャラクターとしても、
本田 宗一郎氏が【光】で、藤沢 武夫氏は【影】に徹する。

その意思統一が、驚くほど見事に出来ている
「ふたり」なのです。

かといって、頻繁に話し合いをしているわけでもありません。

例え、「ふたり」が数か月コミュニケーションをとっていない
としても、同じヴィジョンを持っているため、ブれることがない。

誰もが羨ましくなるような(嫉妬を覚える?)
「最強のふたり」の関係が、とても鮮明に描かれています。

私が「素晴らしい!」と感じた場面をご紹介すると・・・、

HONDAで新発売したバイクに欠陥が見つかり、
数十万台を回収して修理をしなければならないという
大事件が起きた時のことです。

本来であれば、商品開発は本田 宗一郎氏の責任の
ため、彼がその解決に乗りださなくてはなりません。

しかしその時に・・・、

藤沢 武夫氏は、技術的な問題にメドが着いたらすぐに、
本田 宗一郎氏をヨーロッパに逃がします。

常に陽気で、
誰よりも技術に精通し、
決して中途半端な物は造らない、

そのイメージが定着している【本田 宗一郎氏】の
ブランドが傷つくのを、避けるためです。

その結果、自分に全ての責任・誹謗・中傷が来ると
わかっていながら・・・、

本田 宗一郎氏を、全力で守るのです。

そして、全てが終わった時に、
本田 宗一郎氏を空港で迎えて、、

「もう大丈夫。
  この会社は絶対につぶれないから、安心してくれ。」

という報告で、一連の事件を終わらせます。

その言葉を受けた本田 宗一郎氏も、
自分がヨーロッパにいた間の藤沢 武夫氏の苦労を、
感じとっています。

しかし、それは口に出さず、
ヨーロッパでひたすらHONDAの商品開発になる部品を
探して回り、藤沢 武夫氏に渡すだけでした。

お互いがどんな苦しい状態でも、
役割・責任を全うし、相手を信じる。

これほど簡単なようで、難しいことはないでしょう。

また、もう一つ、
私がこの本の中で、とっても好きになった場面があります。

それは、本の最後で・・・。

藤沢武夫氏が身を引く決意をした時のこと。

「かねてから考えていた通り、今年の創立記念日には辞めたい
  と思う。専務から社長に、私の意向を伝えておいてくれ。」

それを聴いた 本田 宗一郎氏は、すぐ・・・、

「二人いっしょだよ、おれもだよ」

と言ったそうです。
そして、その後に会って交わされた会話は・・・、

(本田)「まあまあだな」

(藤沢)「そう、まあまあさ」

(本田)「ここらでいいということにするか」

(藤沢)「そうしましょう」

(本田)「幸せだったな」

(藤沢)「ほんとうに幸福でした。心からお礼をいいます」

(本田)「おれも礼をいうよ、良い人生だったな」

本田氏67歳、藤沢氏63歳。

それで引退の話は終ったそうです。

HONDAという大企業を、数十年かけて創るという
偉業を成し遂げながらも、上記の短い会話で、
最も難しいと言われる「引き際」まで同意ができる。

これほどわかりあえる関係を、赤の他人である
「人」と「人」とが結べるという事実に、とても励まされます。

このHONDAを創った「最強のふたり」のような信頼関係は、
一朝一夕で出来るものではないでしょう。

しかし、

人間関係は意識しないと、継続ができません。

そして、人と人との間に生まれる「信頼関係」は、
日常の積み上げでしか、育むことができません。

同性、異性問わず、人と深い関係で繋がることが
人生を充実させる上では不可欠です。

この「最強のふたり」のような関係を、いつか自分も持ちたい。

そんな純粋な思いが、この本を読んで、芽生えました。

◎ 経営に終わりはない 藤沢 武夫(著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4167130025

友人との関係や、家庭・夫婦、
また仕事においても、大変勉強になる本です。

気になった方は、ぜひ読んでみて下さい。

2012年9月12日水曜日

●● “楽しい”は強い!「最強のふたり」

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┃◆2012.9.12┃ vol.112 “楽しい”は強い!「最強のふたり」
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みなさん

こんばんは。

今年は「映画」が豊作の年です。

最近、映画館で観る映画がどれもクオリティが高く、
人に紹介したくなるものばかりです。

◎ テルマエロマエ
http://thermae-romae.jp/index.html

◎ ベルセルク
http://www.berserkfilm.com/index.php

◎ おおかみこどもの雨と雪
http://www.ookamikodomo.jp/index.html

◎ ダークナイト ライジング
http://wwws.warnerbros.co.jp/batman3/

くどいようですが(汗)、
上記の中でも特に「ダークナイトライジング」は
名作です。歴史に残る作品です。

まだ観ていない人は、
ぜひこの土日にでも映画館で観て下さい!

そして、今回はまたしても名作を。

あまり大きなプロモーションなどはしていないため、
一見、地味に感じる作品ですが、口コミの評判がよく
話題になっているフランス映画の紹介です。

◎ 最強のふたり
http://saikyo-2.gaga.ne.jp/


少しだけ内容を紹介すると、、

ひとりは、スラム街出身で無職の黒人青年ドリス。
もうひとりは、パリの邸に住む大富豪フィリップ。

何もかもが正反対のふたりが、事故で首から下が
麻痺したフィリップの介護者選びの面接で出会った。

他人の同情にウンザリしていたフィリップは、
不採用の証明書でもらえる失業手当が目当てという
フザケたドリスを採用する。

介護の経験などないドリスは、はじめは
戸惑いながらも、スラムでの生活に戻りたく
ないがために、少しずつ仕事を覚えていく。

そして、ともに時間を過ごしている内に・・・、

【お互いを認め合い、信頼し、頼り合う関係=友情】

を結んでいく、
実話を基にしたヒューマン・コメディーです。

▼最初はなかなか打ち解けませんが・・・。

▼少しずつ、同じ時間を楽しむようになります。

この映画のいいところは、なんといっても、
「明るい」ことです。

『障害者の介護』というテーマからは、
多くの人が社会的で重いイメージを持つと思います。

実際に、私も観る前まではそうでした。

しかし、映画が始まってみると・・・、

無職の黒人青年ドリスが、とにかく明るい。
「ネアカ」とは、こういう人のことを言うのでしょう。

彼は、常にその場や会話において、
「楽しくあろう!」とするのです。

フィリップと一緒にいても、他の人が決して触れる
ことのない彼の障害を、障害者とも思わぬ言動で
おちょくります。

ヒゲをおもちゃにして遊んだり、
性感体について聴いてみたり、
「足が遅い」と言って車いすを改造させたり、

▼ドリスが一方的に当てる雪合戦も、

▼マッサージ(風俗?)にも一緒に行きます。

同情などカケラもない、「楽しさ」を優先するドリスに、
フィリップの周りの人間は驚き、警戒します。

更に調べてみると、
ドリスには前科があることがわかって、

友人から、
「なんであんな奴を雇ったんだ。すぐクビにしろ!」
と助言もされます。

しかし・・・、

それらのドリスの言動が、フィリップにとっては、
とてもありがく貴重だったのです。

障害者になってからというもの、お金持ちという
こともあって、フィリップは周りの人たちから腫れ物に
触れるような接し方をされてきました。

機嫌を損ねてはいけない、
障害のことにあまり触れてはいけない、
この人に何かあると自分の責任になる、

・・・という、

「介護する側」と「介護される側」

の人間関係しか持っていないフィリップにとって、
対等の人間として扱ってくれて、一緒に楽しもう!と
してくれるドリスは、唯一無二の存在だったのです。

人は、他人が自分に対して何かをしてくれたり、
気を遣ってくれることに対して、感謝を覚えます。

しかし、その動機に「責任」や「憐み」が入っている
としたら、素直に受け取ることができないのです。

人はいつでも、どんな風になっても、
地位や名誉、障害などに関係なく、自分を対等に
見てくれる『友人』を求めているのです。

そして、その友人の存在が、
どれだけ人生を充実させてくれるのか?
をわからせてくれる、素晴らしい作品です。

この映画には、偽善の匂いも、居心地の悪さも、
まるでありません。

ただふたりが世界を広げ、共鳴を深めていく
過程が、笑いとユーモアを交えながら、描かれています。

男女問わず、年齢問わず楽しめる作品だと思います。
ぜひ、映画館に観に行って下さい。


2012年9月10日月曜日

●● アジアで飛躍する人たち。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃◆2012.9.10┃ vol.111 アジアで飛躍する人たち。
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

みなさん

こんばんは。

今回で、7月末~8月末に関わった
「グローバルリーダーを目指す人のためのアジア就職セミナー」
のご紹介も、最終回になります。

前回書いたとおり、私はこのプロジェクトに関わって
いる間、とても楽しく仕事ができました。

その理由の1つは、間違いなく、
提供するコンテンツに自信があったからです。

20~30代にどんな経験を積むと、将来価値が上がるか?
国の成長・衰退に関わらず、稼ぐ人になるにはどうするか?

そして、
海外で働くと、実際に企業からどんな声がかかるのか?

などなど、、、
今回はセミナーの内容を、ごく一部ですが紹介します。

キャリアに悩む多くの方に、知って欲しい内容です!


構想から集客まで、
約1か月かけて準備をしてきたセミナー当日・・・。

予想以上の人数を迎え入れることもあって、
開始直前は少しバタバタしてしまいましたが、、

最終的には40数名の方がお集まり頂き、
セミナーが開催することができました。

▼当日のセミナーの様子。若くて熱心な方が多く、驚きました。
このセミナーの主旨は、

「海外、特にアジアで働きたいと考えている転(就)職希望者に、
 グローバルキャリアの価値、国別の経済・仕事情報、実際に
 働くまでの具体的な流れを提供すること。」

でした。

そのために、まず初めにお伝えしたのは、
「グローバルキャリアを手に入れた高藤さんの実体験」です。

「海外で仕事をする」という体験は、概念ではわかっても
なかなか身近に感じることができません。

どうしても、他人事や遠い場所での出来事のように
聴こえてしまうのです。

(私も高藤さんに聴くまではそうでした。)

だからこそ、体験した本人の口から、自分の体験を
直接語ることが何よりも心に響きます。

実際にタイで、

・どんな生活をしていたのか?
・仕事をどうやって見つけたか?
・仕事において、日本との違いは何か?

そして、、

・日本に帰ってきた時に、「タイで働いた経験」を、
  企業はどのように評価したのか?

を赤裸々に語って頂きました。

▼高藤さんのタイでの経験。セミナーでは生々しい話をしてもらいました。

▼高藤さんがタイから帰ってきた時に、企業から掛けられた声は・・・

▼日本企業の海外ビジネスへのニーズは高まるばかり。

そして実際に、高藤さんがバンコクで転職支援をして、
活躍している方の紹介もしてもらいました。

日本国内の企業でくすぶっている方でも、
海外で才能が開く人は多いようです。

その理由は、日本では当たり前の話ですが、、、

・納期を守る。
・商談の時間を守る。
・こまめに報告・連絡・相談をする。

などの基礎スキルが重宝され、信頼を得られるからです。

日本で仕事の基礎を固めてからアジアに行くと、
人間関係も仕事の幅も、広がる人が多いようです。

しかしもちろん、逆のパターンもあって・・・、

転職を繰り返す「ジョブホッパー」になってしまったり、
プライベート(異性関係)でトラブルを起こしたり・・・、

など、落とし穴もあるので油断はできません。

ただ、総論としては、今後の日本市場を考えると、
「海外で働く」というキャリアは無視できないでしょう。

▼グローバルキャリアを身について、経理から社長になった人も!

そして、「グローバルキャリア」の解説が一通り終わったら、
次は「アジア」各国の詳細情報へ。

「アジア」と一言でいっても、国は沢山あります。

住居はルームシェアが当たり前のシンガポール、
運転手つきの車が貸与されるインドネシア、
言語能力があまり問われないタイ、

など、国によって住居や給料に特徴があります。

参加者の方々の多くが、
「今後はどこの国が有望なのか?」ということに関して
興味をお持ちで、ご質問も多数頂きました。

これからの時代は、どこの国が成長するか?
を自分で見分けて、どこで働くか・どこに住むか、
を選択する時代が迫っているように感じます。

▼アジアといっても、国によってかなり条件が異なります。

国ごとに、

どんな仕事があるか?
どんな人が採用されるか?

を紹介している中で、私が最も驚いたのが・・・、

海外は日本以上に『学歴社会』である、という話でした。

特にアジアは、その傾向が高いようです。

例えばシンガポールは、その人の『学歴』によって、
ビザを出すか・出さないか、を決めていたり、採用面接
でも必ず「大学時代に何を学んだか?」を聴かれるようです。

日本では『学歴社会』が崩壊してきていますが、
海外に出れば出るほどその風習が残っているという
事実に、個人的には驚かされました。

そして、講義の最後には、
「実際に働きたい人は、どんな行動をすればいいか?」
という具体論まで話してもらいました。

▼どんな流れで仕事を見つければいいか?のフロー。

「雇用に関する保険・法律・条件」の問題や、
「ビザの申請」など、やはり、親身になって相談できる人が、
近くにいた方がいいようです。

日本を出て働くということは、
「日本の常識が通用しない場所で働く」ということ。

柔軟性や逞しさが身につくことは間違いないでしょうが、
なにかあった時に最後に頼れるのは、やはり、「人」です。

海外に出るようであれば、より一層、
ご縁を大切に出来る人間になる必要がありそうです。

そして講義が終わると・・・、

最後のコンテンツ、
「なでしこVoice」代表の濱田さんの対談へ。

現地で取材をした人だからこそ知っている「生の情報」に、
多くの方が真剣に耳を傾けていました。

なんといっても、先週も紹介した濱田さんの
「なでしこVoice」は、すごい。

◎ なでしこVoice
http://www.nadeshiko-voice.com/

「アジアで女性が働くための情報がない!」
と思い、自分でそのためのメディアを立ち上げてしまう
行動力と、彼女の思いは本物です。

参加者の方も、「なでしこVoice」を見たことがある方が
多いようで、対談は白熱したものとなりました。

▼最後は濱田麻里さんとの対談。参加者の方から質問を沢山頂きました。

会場からも質問として、

「準備期間はどれくらい考えておけばいいか?」
「英語はどれくらい必要か?」
「ビザの問題はどうやったらクリアできるか?」

など、多くの質問が出たのですが、時間の都合も
あって、全てにお応えできなかったことが本当に
申し訳なかったですm(_ _)m。

セミナーは17時過ぎに終わりましたが、
結局、会場で最後の参加者をお見送りしたのは、
18時頃になりました。

セミナー終了後も1時間以上、真剣な方々が残って、
さまざまな質問・要望を頂きました。

運営している側としても、参加者のみなさんの関心が
非常に高く、お話していてとても嬉しかったです。

私個人としても、

自分の仕事・キャリアを自発的に作っていこうという人と、
同じ興味・話題で仲良くなることが出来て、
お互いが出会うことで、何かを生み出そうと思える。。

そんな場が、改めて好きなんだと自覚できました。

今回ご紹介したプロジェクトは、

「働き方」
「事業領域」
「一緒に働く人」
「お客様との出会い方」

そして、「成果」。

これら全てを成功体験として、吸収することが出来ました。

「仕事には達成感が必要」
と言いますが、まさしくその通り。

自分が主体性を持って、本気で取り組んだ仕事で
お客様が喜び、お金が儲かれば、それほど楽しい
ことはありません。

残念ながら私は、
全ての仕事においてその状態には達していませんが・・・、

理想追及型の私としては(笑)、

今回の状態を、仕事全般で目指すことを目標に
していきたいと思います。

最後に、、

もし「海外で働く」「グローバルキャリア」ということに興味が
ある方は、ぜひ高藤さんに相談してみて下さい。

個別に、国や仕事の推薦から、現地での生活や、
詳しい人の紹介まで、親身に相談にのってくれると思います。

※高藤さんの連絡はfacebookからどうぞ!
http://www.facebook.com/yuko.s.takato


また私が関わっているプロジェクトで、
みなさまの参考になりそうな内容があれば、
ご紹介したいと思います。

どうぞお楽しみに!!

2012年9月6日木曜日

●● 「楽しい企画」の効果・効用

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃◆2012.9.6┃ vol.110 ●● 「楽しい企画」の効果・効用
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みなさん

こんばんは。

前回から、8月末に開催した
「グローバルリーダーを目指す人のためのアジア就職セミナー」
というプロジェクトについて書いています。

高藤さんと意気投合し、
実際に開催を決めてからセミナー当日まで、

どんな流れで実現していったのか?
どんな思いで運営していたのか?

を書きたいと思います。

どなたかの参考になれば幸いです。


セミナーの開催が決まってからは、
とにかく詳細を詰めて、詰めて、詰める段階に。

JR「渋谷駅」の新南口から10秒のカフェ、

◎ パブリックハウス
http://www.cafecompany.co.jp/brands/publichouse/

▼電源が取れてゆっくり過ごせる、素敵なカフェです。

で、週1回・2時間ほどのランチミーティングを
定期的に行いながら、企画・集客プランを練りました。

そして決まったセミナーの詳細は、下記の通り。

開催日程 ⇒ 8月25日(土) 14:00~17:00
開催場所 ⇒ 田町
告知時期 ⇒ 8月の頭から
集客目標 ⇒ 20人

【告知内容】

◎ facebook
http://www.facebook.com/events/425380617503551/

◎ イベントページ(Eventnor)
http://www.eventnor.jp/PROBITYGS/

上記の内容で、8月の頭からセミナー参加者を募り、
同時にセミナーで話すコンテンツを決めていったのです。

このプロセスで、私が感じた感情は・・・、
「とにかく、この企画に関わっていると楽しい!」
ということでした。

毎週のミーティングも、
告知のためのイベントページを作るのも、
申し込んでくれた方へのお礼メールを作るのも、

全ての作業が、楽しいのです。

もちろん、「自分が好きな仕事をしている」という
要素は強いでしょう。

しかし、それ以外にも、
「一緒に仕事をする人との意識の共有」で、
仕事の楽しさが大きく違うと、知ることができました。

私個人の感想ですが、具体的には・・・、

1、お互いが「全て自分がやる」という主体性を持っていた。

もちろん、役割分担はしましたが、
お互いに相手が出来なければ、喜んでサポートする。
自分が進んでやる、という姿勢を常に持っていました。

そうすると、相手が何かをやってくれただけで、
心から感謝できるのです。この企画中は何度も感謝の
キャッチボールをしながら、仕事ができました。


2、お客様がセミナーに来て、「喜ぶ姿」が想像できた。

「このセミナーに来てくれれば、参加者が必ず喜んでくれる。」

私は常にこの確信を持ちながら、このセミナーの運営を
しました。高藤さんの経験・キャリアを伝えることが、
“必ず”多くの人の役に立つと、確信していたのです。

だから、
自信を持って「参加して下さい」と言える。
自信を持って「予定を空けて下さい」と言える。

“自分たちのやることで、誰かが必ず喜んでくれる!”
と思える企画に携われることは、とても幸せなことです。


3、“協力者”が多数、現れた。

今回のセミナーは、決して2人の力で実現できた
わけではありません。

結果的に、多くの人にご協力頂きました。

ゲスト講師として出演してくれた、世界で働く女性の
インタビューサイト:なでしこVoice代表の濱田真理さん。

◎ 濱田真理さん
http://www.facebook.com/hamamariri

◎ なでしこVoice
http://www.nadeshiko-voice.com/


(この人のエネルギーには驚愕しました。すごい女性です。)

当日のセミナー運営に多大な力を貸してくれた、
前職の同僚Tさん。

(彼がいなければ、間違いなく参加者に迷惑をかけていました。。)

受付の手伝いや会場を盛り上げてくれたJ社のWさん、
スカイプで登場してくれたバンコク現地の大手IT会社
で働く人事の方など・・・、

多くの人が、ご協力をしてくれたのです。

(本当にありがとうございました!)

手伝って頂いた理由は、おそらく、
(直接は聴いていませんが、、、)

「お金」ではなく、
「この情報を伝えたい」「参加者の役に立ちたい」
という私たちの思いを、汲んでくれたからです。

そんな思いを持って運営していると、
不思議と、協力してくれる人が現れるようです。


この3つの要素を実感しながら、
セミナー参加者の集客をしていると・・・、

告知から、

1週間で約15人、
2週間で約30人、
開催前日には、なんと50名を超える方が!

参加のお申し込みをしてくれたのです。

これは、完璧に想定外でした。。

結局、予定していたセミナールームに入りきらない
事態になり、急遽会場のレイアウト変更をするなどの
対応をして解決しました。

それにしても、計画の2.5倍となる50人の人たちが、
お金を払い・時間を使って、セミナーを聴きに来て
くれるのであれば・・・、

その期待を、絶対に裏切るわけにはいかない!!

と、コンテンツ作りにもより力が入り、
リハーサルを行い、講師の高藤さんは前日は
ほぼ寝れない、というところまでして、

(私はぐっすり寝てましたが・・・笑。)

「最大限の価値をお返しする」
ことに取り組むことができました。

もちろん、セミナー開催日前にはバタバタすることも
ありましたが、楽しく仕事をしていると、
その疲れすら、ほとんど感じません。

(そんな経験、ありますよね?)

最後までそんな状態を保ちながら、
セミナー当日を迎えることができたのです。

(次回に続く。)

2012年9月3日月曜日

●● とあるプロジェクトの始まりは。

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┃◆2012.9.3┃ vol.109 とあるプロジェクトの始まりは。
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みなさん

こんばんは。

今回から、7月末~8月末の1ヶ月間、
私が関わった「あるプロジェクト」をご紹介します。

このプロジェクトは、先週書いた
「将来どんな働き方・キャリアが必要か?」
というテーマにも関わる内容です。

私がフリーランスで働くようになって何よりも
嬉しいことは、「好きな仕事」を「尊敬する人」と
行えることです。

このプロジェクトは、その一例としても、
参考になるかもしれません。

少し長くなるかもしれませんが、参考になれば幸いです。


初めての出会いは、
ほんのちょっとしたキッカケでした。

6月中旬に、東京国際フォーラムで開催された
ある勉強会に出席した時、

懇親会に入って、料理を食べながら
周りの人と名刺交換をする時間がありました。

その時に・・・、

「はじめまして。私、浅羽と言います。
  いまはマーケティングや企画の講座を開催して
  いる会社で働いています。よろしくお願いします。」

「こちらこそ。私、高藤(たかとう)と言います。
  いまは、海外から帰ってきたばかりで、これから
  人材紹介の会社を立ち上げる準備をしています。」

「へぇ、そうなんですか?
  私も元々、人材系の会社で働いていたんですよ。」

「そうなんですか!どちらの会社ですか?」

「I社ってご存知ですか?」

「もちろん知ってます!  私は元々、
  J社でキャリアコンサルタントをやってました。」

「そうなんですか!?え、海外というと、
  どちらに行ってたんですか?」

「実はこの7年くらい、バンコクに住んでいて、
  帰ってきたばっかりなんです。」

こんな会話を、5~10分くらいしたのが、
私と高藤さんとの、最初の出会いでした。

まさか、この出会いがキッカケで、
「あるプロジェクト」を始めることになるとは、
その時は考えてもいませんでしたが・・・。

◎ 高藤さんFacebook
http://www.facebook.com/yuko.s.takato

その時は、周りに大勢の人がいたこともあって、
特にそれ以上話をすることはなく別れました。

普通であれば、そのまま連絡を取らずに
音信不通になるでしょう。

しかし7月になり、私がタイ・ミャンマーに行く
ことが決まった時、なぜか、ふと思い出したのです。

「そういえば、先月の勉強会で、
  タイに住んでたと言っていた人がいたなぁ」と。

そこで、その時の名刺を掘り返して、
「タイについて教えて下さい!」というお願いを
メールでしたところ・・・、

気持ち良く了承の返事を頂けたことと、
スケジュールの調整もトントン拍子に合って、
再び会うことになりました。

そして迎えた7月10日(火)、お昼の13時。

三軒茶屋で待ち合わせをして、
ランチをしながら色々と話をしていると、
タイの話よりも、お互いの仕事や今後の話に・・・。

「今までどんな仕事・生活をしてきたか。」
「現在、どんな状況にあるか。」
「これから何をやろうとしているか。」

そして、
「日本の経済や、キャリアについてどう考えているか。」

など、暑苦しい(?)話をどっぷりしてしまい、
あっという間に2時間がたっていたのです(汗)。

そして、その2時間の間に・・・、

気がつくと、私は高藤さんの話に、魅了されていました。

なぜならば、そこには、

「将来のキャリアに悩む自分のような人間」が、
『知りたくて仕方がない情報』が詰まっていたからです。

具体的には、

・タイで人材紹介会社を立ち上げ、自身で営業した経験。
・タイの人たちの文化、仕事への考え方に対する理解の深さ。
・現地スタッフをマネジメントして、役員にまでなったキャリア。
・日本に戻って、複数の会社から入社の誘いを受けたこと。
・それらを全て断って、育児をしながら起業していること。

この経歴のコアにあるのは、、
「海外(アジア)で働くことで、自分のキャリアの価値を上げる。」
ということです。

日本が少子高齢化し、マーケットが縮小していく中で、
これから発展する国に飛び込んでいって、日本の
商品やサービスを広める。

この経歴は、これからの若年層がキャリアを築く上で、
1つのモデルになると、直感で確信しました。

そして、その思いを率直に高藤さんに話をすると、

「世界を舞台に働く日本人ビジネスパーソンの支援すること」
「グローバルなキャリアを身につける重要性を伝えること」

を多くの人に提供していきたい、
という思いを、深いレベルで共有することができたのです。

こうして、2人で「何か」をすることが、決まりました。

その時は、まだボンヤリとしか見えていませんでしたが、
「この情報を提供することで、喜んでくれる人が必ずいる。」
そんな確信を持つことができたのです。

そして、私はタイ・ミャンマーに行き、
「アジアの熱」を肌で感じて、その確信を
さらに強くして、帰ってきました。

そして、再度2人で会ったときに、

大勢の人に「アジアで働く」ことの情報を伝えること、
いままでの2人の経験からできること、
かけられる予算・時間、関わる人、

など、様々な要素を鑑みて、
「セミナー」を開催することに決めたのです。

こうして、

偶然の出会いによって生まれたプロジェクト、
「グローバルリーダーを目指す人のためのアジア就職セミナー」は、

集客の見込みも、
セミナーで伝える中身も、
かけられる予算も、

ほとんど何もない状態から、幕を開けたのです。

(次回に続く。)